第3章

(再会)

(1)

 翌朝の早い列車で発とうと思っていたが、考えてみると美沙の店は夕方からしか開かないし、早く着いても別にすることもない。
 考え直して、ホテルでゆっくりと朝食をすませた。
 値段は少々高いが、ゆったりとコーヒーの香りを楽しみながら、こういう場所で食事をするのも、たまに気分転換になっていい。
 それから部屋に帰り、旭川のホテルへ電話をして予約をする。
 先日と同じホテルであったが、簡単に予約は取れた。
 十時前にホテルを出ると、大通公園を歩いて駅に向かった。
 少し雪が舞っていたが、傘をさしている人はほとんどいない。
 ただ、こんな時間に大通公園を歩いているのは寒そうな表情の観光客くらいなものである。
 途中から道をはずれて、赤レンガの建物で有名な旧北海道庁の方向に行く。
 その庭にも、ちらほらと観光客の姿があった。
 それを左に見ながら直進すると、札幌駅前の近くに出る。
 駅に着いて時刻表を見ると、十一時ちょうどに特急スーパーホワイトアローというのが出る。
 切符を買おうとして緑の窓口に行って、困ったことがわかった。
 五両編成のスーパーホワイトアローは、指定席は禁煙車になっている。
 瑚堂は、喫煙の習慣がある。
 聞いてみると、旭川までは一時間二十分ほどだそうである。
 吸わなくても我慢できないものでもなかったが、吸えないと思うと余計に吸いたくなる。
 そこで、仕方なく一両しかない喫煙可能な自由席を買った。
 近年、喫煙者に対する風当たりは厳しい。
 確かに、歩行中に吸ったり、あたり構わず灰を撒き散らすようなマナーの悪さは咎められるべきである。
 あるいは、喫煙の習慣のない人がいるところでは、なるべく吸わない方がいいのかも知れないし、少なくとも断って吸うべきだろう。
 ホームの喫煙コーナーで、四,五人の旅行者と並んで煙草を吸ってから瑚堂は列車に乗り込んだ。
 自由席なので心配したが、ほとんど席は空いていた。
 旭川へは、岩見沢、滝川などを経由して函館本線で行く。
 この沿線や周辺には、美唄や夕張など、かっては炭坑で栄えた街が多い。
 瑚堂は、陸路で旭川へ行くのは初めてである。
 窓の外は一面の雪景色で、特に石狩川を越えてからは積もっている量も多い。
珍しさに、しばらく眺めていると目が痛くなりそうであった。
最初に停車するのは、岩見沢である。
 岩見沢という名前は、北海道に多いアイヌ語を語源とするものではなく和名だそうである。
 市の広報ページによると、明治十一年に幌内炭田を開採のため、開拓使は札幌〜幌内間の道路を開削した。
 その際、工事に従事する人たちのため、幾春別川の川辺に休泊所を設け、ここで浴(ゆあみ)して疲れを癒やしたと言われている。
 当時の人々にとって、この地は唯一の憩いの場所として、「浴澤」(ゆあみさわ)と称するようになり、これが転じて「岩見澤」(いわみざわ)と呼ばれるようになった言うのが定説だそうである。
 いまは札幌のベッドタウンとなっていて、北海道産の逞しい馬が、五百キロ以上の重しを橇に乗せて引っ張る『ばんえい競馬』の開催地として知られている。
 旭川には、定刻の十二時二十分に到着した。
 街は、吹雪に霞んでいる。
 僅かに歩いている人も、フードを深々と下ろして、足早に通り過ぎて行く。
 駅舎を出ると、雪を避けてビルの陰で信号を待っていた瑚堂も、小走りに横断歩道を渡った。 
 昼食をするために、駅前にある全国チェーンのホテルに入った。
 このホテルは、市内に同名のホテルが既にあったために、経営会社名を頭につけた妙な名前にしてある。
 まるで、こっちが本物だと言わんばかりなのが面白い。
 簡単に、サンドウィッチとコーヒーを頼んだ。
 別のホテルにいて、予約しておいたホテルに電話を入れるのは、少し気が引けたが、チェックインの時間を聞いてみる。
 すると、午後一時からオーケーとの返事であった。
 特に、用もなかったので早めにホテルに入ることにして、ゆっくりとコーヒーを味わう。
 一時は、前が見えないほど降っていた雪が、ようやく小降りになったのを見て腰を上げる。
 ここのティールームに、およそ一時間ほどいたことになる。
 外に出てみると、空が明るくなってきていた。

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